二全総で本格的に導入された全国をむすぶ交通ネットワークをさらに発展させたもので、土木国家へのさらなる傾斜をあからさまにしたものといえた。
それまでに完成した高速道路や新幹線が、東京からの日帰り出張の範囲を大幅に拡大したため、企業の東京への集中を加速させたことへの反省はなかった。
産業構造のサービス化を反映して、一全総や二全総で打ち上げられた地方における大規模な工業基地の建設は姿を消し、地方の比重が相対的に下がった印象をあたえた。
東京圏への一極集中の是正をあらためてかかげ、政府機関の一部の地方移転と遷都問題の検討をあげている。
その一方で、東京湾臨海部などの副都心構想の推進と東京の郊外、埼玉、神奈川、千葉、茨城の主要都市を東京の官民の業務を分担する業務核都市として位置付け、育成をはかる考えを新しく打ち出している。
具体的には、八王子、立川、浦和、大宮、千葉、横浜、筑波研究学園都市などをあげた。
副都心の建設といい業務核都市の育成といい、首都圏への集中を認め、拍車さえかける構想だ。
地方の反発この試案を知った国土審議会の知事ら地方を代表する委員たちは、「定住圏構想」の継続を求める意見書を提出している。
国土庁としても、過去の全総の失敗の教訓をうけとめていたふしがある。
試案を公表するわずか数週間まえまでは、四全総のなかの四つの「主要計画課題」は、個性豊かな地域づくり、交通、情報・通信体系の形成、緑と水にめぐまれた安全な国土の形成、地域環境の整備、の順序になっていた。
これが試案では、「緑と水にめぐまれた安全な国土の形成」がはじめにきて、「交通、情報・通信体系の形成」が最後になった。
日本の自然を荒廃させてきた工業、都市開発にたいする反省をにじませたと読める。
そうした配慮を粉みじんにしたのが中曽根首相だった。
試案の説明のため首相官邸を訪れた綿貫民輔国土庁長官に、中曽根は「もっと多様な分野の人びとから意見をきいてほしい。
東京や大阪の抱える問題が日本の問題であり、大都市問題に解決の方向が見つけだせないと、日本の問題も解決できない」と大都市問題にもっと重点を置くよう、異例の試案の練り直しを指示した。
第二幕の始まりである。
東京大改造国士審議会計画部会は一九八六年十二月一日、同部会の「都市問題小委員会」の討議と「国土政策懇談会」で出された意見を受けて、試案の見直しとなる「調査審議経過報告」を発表した。
過去の全総は四全総の試案をふくめて、表現の相違はあるものの「国土の均衡ある発展」このため綿貫長官は首相官邸の意向をくんで、中曽根のブレーンと目されていた瀬島竜三伊藤忠相談役、佐藤誠三郎東大教授、もと通産官僚で作家の堺屋太一らを網羅した「国土政策懇談会」をつくった。
この長官の私的懇談会の第一回会合が開かれたのが、一九八六年九月二十四日で、座長には加藤一郎成城学園長がえらばれた。
懇談会の焦点は、中曽根首相のブレーンの主張する、民間活力の導入による東京の再開発問題だった。
知事ら地方自治体の代表たちは「東京は過度の集中で、機能マヒに陥り、都心からコミュニティーが消えている」「中央集権体制をかえて、地方分権をすすめないと東京集中は解決できない」と反論したという。
首相の意向は強く、試論をまとめた国土審議会計画部会に「都市問題小委員会」が設けられた。
中曽根の意向を反映した見直しができる路線が敷かれた。
を一貫したテーマにしてきたが、がらりと転換する内容になっていた。
三全総は東京など巨大都市の「限界性」を力説していたが、この報告は「東京は今や日本人すべての共有財産となった」と逆に肯定的な評価をくだしている。
「国際金融や情報機能を中心に巨大な集積が予想される世界の中枢的都市」と位置づけて、「人口とサービス産業を中心とした産業がさらに集中してくる」と言い切り、「東京は全国土の活性化を促す高次都市機能の拠点」とまで述べている。
地方からの反発は当然強かった。
第三幕である。
地方出身の自民党議員の間からも不満の声があがった。
また、熊本県の細川護照知事は、朝日新聞の論壇への投稿で「「分権」から「集権」、「東京優先」が一層強く打ち出されている」と強く批判し、「東京圏振興計画」だと言い切り、「現状追認は計画の名に値しない」と結論づけた(一九八六年十二月九日付け)。
国土庁が国土審議会に四全総の最終案を提示したのは一九八七年の五月二十八日で、策定作業ははじめの目算より一年おくれた。
この試案はほとんどそのまま同年六月三十日に閣議決定されている。
正式にスタートした四全総は、地方の反発もとりいれて、キーワードは「多極分散型国土の形成」にもどった。
地方にもそれぞれ産業を割り振っている。
北海道は苫小牧東部地区に「大規模工業地帯」、東北の秋田・山形地区には「大規模食糧基地」、北陸地区には「知識集約型工業地帯」、名古屋地区は「産業技術中枢都市」、近畿は「関西文化学術研究都市」、大分・熊本地区は先端技術の「テクノアイランド」といった具合だ。
そのほか、どの地方都市からでも一時間で東名、関越、東北などの背骨にあたる高速道路に乗れるように、あばら骨にあたる地方の高速道路網一万四千キロ(うち四千キロはすでに開通)をつくる、一時間で空港に行けない地方中核都市の五十’七十カ所に小型機やヘリコプターが離着陸するコミューター空港をつくるなど大盤振る舞いで、とくに道路は地方を喜ばせた。
ここには需要とコストといった、もっとも基本的な具体的な計算は示されていない。
また、コストをだれが、どう分担するかという計算もない。
プール制をとっている高速道路網は、あばら骨の高速道路がつくられるにしたがって、料金はうなぎ上りになるおないのか、という疑問にこたえていない。
巨費を要し、将来の収支も定かでない新幹線の推進もうたわれ、まさに土木国家への傾斜があらわになった。
くわえて、地方の集中砲火をあびた東京の中枢機能の重視も、表現はおだやかになったものの原型はそのまま残った。
それどころか、中曽根首相とそのブレーンの意向を受けて、東京都心では東京湾臨海部の埋め立て地、国公有地、工場跡地などの開発、交通の便のよい地域の高層化など東京大改造計画はそのまま残った。
この首都改造計画は、バブル経済のさなかに打ち出されたため、あらたな投機先として地価高騰の火に油をそそぐ結果になった。
四全総は、その目的を達成するために、二○○○年までに国土基盤投資は土地代をのぞいても一千兆円になるとはじいていた。
このうち、国、自治体の公共投資は約五百兆円。
公共投資は地方に重点的に配分し、大都市圏には民間活力を導入する、としていた。
この言葉どおり、中曽根政権と四全総の時代は、都市が規制緩和の名のもとに、規制という都市の防具をはぎとられて、民間企業の利益稼ぎのために放り出された時代だった。
建設中の臨海副都心(1991年3月)新都市計画法四次にわたる全国総合開発計画のもとで、私たちの直接の関心事である都市計画はどうなっていたのか。
一全総では、政府の眼中に都市計画はなかった。
膨大な計画文書のなかに、本来の意味の都市計画にたいする言及を見出すのがむずかしい。
政府の視野に都市計画が入ってきたのは二全総の時代である。
人間ではなく、開発を優先するものだった。
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